
江戸時代、「西回り航路」の発達により山陰第一の要港美保関は北前船をはじめとする大小の船舶が往来し大変にぎわっておりました。
長い航海を経て、美保関に入津する船は、海上に島根半島の影が現れると、西側入り江近くの小高い山にそびえ立つ五本の黒松を目当てにしておりました。
江戸時代、松江藩主は、美保神社に月参りかたがた関所及び施設の巡視を行いました。その際、路面が狭いことや眺望が遮られるという理由で、五本の松のうち一本を切らせてしまったのです。
船人達は藩主の横暴さに怒りを感じておりましたが、表だって抗議することもかなわず、ふたたびこのような暴挙がなされぬ事を願うばかりでした。
民謡「関乃五本松節」は船人達のやり場のない気持ちから自然とほとばしり出た唄だといわれています。
横暴な藩主への痛烈な批判とともに、せめて残りの松は夫婦松として末永く栄えるようにと祈りを込めて歌われたものと伝えられています。
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戦後、台風や松食い虫により相次いで倒れたため、現在三代目が植樹されている。 平成9年(1997年)7月、初代五本松の一部を復元したモニュメントを設置した。 |
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唄:名誉家元 瀬戸田アキ 絃:相見治男 太鼓:津川妙子
関乃五本松節の正調を保存すると共にその振興に務め、文化の発展に寄与する事を目的に発足され、現在様々な活動が行われています。 詳しくは 事務局までお問い合せ下さい。
毎年10月には、正調関乃五本松節 全国優勝大会が開催され、唄、太鼓、絃、踊りの4部門で日頃の練習の成果が競われます。

第27回 正調関乃五本松節 全国優勝大会開催!!